2006年03月30日

望診を受けてきました

妊娠が分かってからのあまりの急激な嗜好の変化に戸惑ったことと、今後の妊娠期間中の食べ方についてアドバイスをもらいたかったこともあって、かねてから受けてみたかった望診を受けてきました。

『望診』というのは、東洋医学の診断方法らしく、顔や身体の表面に出ている特徴から身体の内側の状態が分かるのだそうで、私はマクロビオティックの専門家の方のところに伺ったので、自分に合った具体的なマクロの食事内容をアドバイスしてもらってきたのです。

そこで診てもらった結果によると、私の場合は『陽性過多』。(→食べ物の陰陽についてはコチラが分かりやすいです。)
季節が冬だったこともあったし、今まで自分が陰性傾向だと思って、穀物菜食の範囲内でもどちらかというと陽性なものを意識して摂っていて、それが摂り過ぎになっていたようです。もちろん、マクロを始める前の食事内容にも関係しているかも知れないのですが。

玄米が美味しく感じられなかったのも、つわりが出るのも陽性に傾いていることが原因のようです。

これからの食事内容としてはできるだけ陰性のものをとるよう意識するということ。また妊娠中の食事のとり方としても初期は陰性(春〜夏の食事)、後期になるにしたがって陽性(秋〜冬の食事)になるようにもって行くとよいとのことで私の場合は妊娠期間が季節ともちょうど合っているので、これから献立なども立てやすいかなぁと思っています。

ただ、陽性に傾き過ぎている今、徹底的に陽性なものを控えたほうがよいということで塩分も極力減らして、味噌汁もほとんどいらない(澄ましでよい)と言われ、味噌汁好きな私にはちょっと辛いです。それから切干大根やドライフルーツのような乾物類もダメ、漬物類も要らないし、コーヒー代わりに飲んでいた穀物コーヒーも身体を温めるほうに働くので飲まないほうがいいのだそうです。それから、妊娠中の人は特にパンはできる限り食べないほうがよいとのこと。パンを食べることによってバランス崩すことも多いそうで。私はまだまだ初心者なので、ただでも、制約が多いように感じるマクロのお食事の中でこれらを忠実に守っていくのは結構至難の業のような気がしてしまうのですが…。

でも、思い返せばつわりの時期に食べたかったのは陰性のきついものが多かったし、やたらたくさん食べたかったし、やっぱり言われていること(陽性過多)は確かなのだろうなぁと思いました。

それと、今回お聞きしておこうと思っていたのは貧血対策。ユズのときは後期で値がギリギリだったので、今回も気をつけておかなくてはならないと思っていて、手持ちの本によると貧血には『鉄火みそ』がよいとあったのですが、これも陽性の私には必要なくて、むしろ自分の体質に合った食事をきちんと摂ることで各臓器がきちんと働くので貧血になることはないのだそうです。

食事のこと以外でひとつ面白かったのは、母乳にも陰陽があるということ。人の左半身は陰、右半身は陽なので、赤ちゃんにおっぱいを飲ませるときには朝、昼の活動的になるときには右のおっぱい、昼寝や夜寝る前には左のおっぱいを多く飲ませてあげるといいのだとか。

出産後の食事については、赤ちゃんのおっぱいのことを考えてできるだけ陽性に傾かないように(子どもは陽性であるため)中庸の食事を心がけるのがいいそうです。


これから、また少しずつ崩れてしまったバランスを取り戻さなくては…。
マクロを始めて1年も経っていないのに身体の中は随分変わってきているようで、極陰、極陽のものを食べると私の場合、即、手に排出が出るのです。それがとても痒かったりひび割れたりで辛くて、食べ物が身体に与える影響というものを実感させられています。自分のためだけではなく、まだおっぱいを飲んでいるユズのためにもお腹の赤ちゃんのためにも、これからますます食事内容に気を遣って行きたいなぁと思っています。

余談ですが、このとき診てくださった方から、「食事を陽性にしていたから、赤ちゃんはきっと男の子ですよ。」と言われたのです。さてさて結果はどうなることでしょう!?

Organic Base マクロビオティックと暮らすOrganic Base マクロビオティックと暮らす
奥津 典子

★初心に返って、もう一度読んでいます。『できることから少しずつ、「今までよりマシ」を積み重ねていきましょう。』というメッセージに励まされます。

2006年03月25日

ボチボチと再開します!

妊娠の報告にたくさんの方から暖かいコメントを頂き、本当にありがとうございました。私にとって、このブログを見守ってくださっている方々の存在がとても大きなものなのだと改めて感じることができました。

思った以上に更新を休んでしまいましたが、お腹の赤ちゃんは4ヶ月に入り、まるで魔法が解けたかのように気分はすっきり!眠気もすっきり!して、ようやくボチボチ更新をまた再開しようかなぁと思っています。

今回は、妊娠を予感した2月の初めごろから急激に食べ物の好みの変化があったり、やたらと眠く眠くて仕方がなかったりして(毎日ユズと一緒に就寝、昼寝まで一緒にする始末!)、なかなかパソコンを開こうという気持ちさえ起こらない毎日でした。

食事に関しては、ユズの妊娠をきっかけに食べ始めた玄米がどうも重くて食べられなくなってしまったことを始め、やっぱり梅干、柑橘類、ヨーグルトなどやたらと酸味のあるものが食べたかったり、半年以上ほとんど食べていなかったお肉やお魚が急に恋しくなったり…。ユズのときにはここまでの嗜好の変化がなかったので、本当に自分でもなんだかビックリでした。

ご心配頂いていたつわりですが、においに敏感になるということは全くといっていいほどなかったし、吐き気もかなり軽いほうだったとは思うのですが、お腹が減ってくると気持ち悪くなってくるのでやたらと食べてしまう、いわゆる『食べづわり』でした。玄米が辛くて5分づきに変えたのですが、たまに白米を食べるとこれがもうおいしくて、おいしくて1合くらいペロリと食べてしまう勢い!それから、何か食べたものが頭に浮かぶとすごくそれに執着してしまう自分が怖かったです(苦笑)。それでも、何も食べられなくなるくらいひどいつわりの人に比べたら、ご飯が美味しく食べられるなんて、とっても幸せなことですよね。でも、当然の報いで、ここだけの話、すでに体重が3kg増(汗)。お腹は既に立派な妊婦です。ユズのときはこの時期は全く体重が増えていなかったのに〜。これから頑張ってコントロールせねばなりません。

そんな訳で、溜めてしまっているネタをこれからまた少しずつ書いていこうと思うのでよろしくお願いしますね。

2006年03月02日

待望の…

何のお断りもなしに長い間更新をお休みしてしまってすみません。

実は、赤ちゃんがやって来てくれたようなのです。

食べ物の好みが急変したり、少しつわりのようなものもあって、2月の初め頃にはなんとなく分かっていたのですが、先日ようやく病院に行って確認をしてもらいました。まだ2cmほどしかない小さな小さな身体なのにもうちゃんと手足がついていて、ユズのときと同様、感動とともにこの小さな命を大切に育んで行かなくては…という思いを新たにしました。

つわりはそんなに酷くはないけれど、日によっては食事を作る元気もなかったり、食べられるものが限られてしまったりです。なんだか心身共に疲れやすくなっていて毎日9時までには就寝してしまうので、もう少しブログの更新は気まぐれになりそうです。

ユズはと言えば、私が妊娠に気づく前から甘えん坊がまた強くなったり、昼間もおっぱいを飲んだり既に敏感に何かを感じていたようです。赤ちゃんがお腹に来てくれたみたいだよ、と話すと喜んでくれましたが、これから彼女の心のケアも考えていかなくてはなぁと思っています。



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寒さが緩むとベランダの植物もぐっと成長するように思います。
冬の寒さに耐えてきたソラマメが花を咲かせています。春ももうすぐそこですね!

2006年02月05日

羊毛のお雛様

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節分が終わったら、気分はそろそろひな祭り。今年は羊毛で作るお雛さまの作り方を教えてもらいました。ふわふわ優しい雰囲気のおひなさまが出来てユズもとても喜んでいます。それで、今年初節句を迎えるお友達のところにも贈ろうかなぁと思っています。まだ、ひな祭りまで時間もあることですし、興味をもたれた方は作ってみませんか?私の作った手のひらに乗るくらいの小さなおひな様なら1体に使う羊毛は約5gと、少しの量があればできるんですよー。作り方です。
posted by sayah at 01:40| Comment(14) | TrackBack(1) | +手仕事+ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月02日

1歳になりました。

このブログを始めて、1年が経ちました。

振り返ってみると、やっぱり1年って早い。子どもの成長も後から思い返すと早いような気がします。

このブログを通して、たくさんの方と出会えたことをとても嬉しく思っています。お顔の見えない交流とは言え、コメントを下さる方にはすごく親近感を覚えています。時々、ふとあの方はどうしているかなぁ…と思ったりしても、ご自分のサイトを持っていない方だったりすると、そんな私の思いも一方通行なのが寂しかったり…。でも、記事を書いたり、同じような考えを持って子育てをされている方、同じような年頃の子育て中の方たち以外にも違った角度から意見を下さる方や、子育ての先輩達からも暖かいコメントを頂く中で、自分の子育てや暮らしに対する視野が大きく広がった一年だったように思います。

このブログを始めた頃に比べると、ユズのお昼寝時間もめっきり減ってしまい、なかなかパソコンの前に座る時間も取れなくなってきたのですが、ゆっくりマイペースで更新していこうと思っていますので、どうぞ皆様今後ともよろしくお願いいたします。
posted by sayah at 22:11| Comment(14) | TrackBack(0) | +つれづれ+ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月25日

断乳、迷ったけれど…

ユズが3歳になる日が近づくにつれ、これを機会に断乳しようかなぁという思いが沸いていた時期がしばらくありました。

「おっぱいはもう要らない!」という日まで好きなだけ飲んでもらおうと思っていたのだけれど、もう赤ちゃんらしさはどこにも見当たらない、外見上は立派な子どもの姿をしているユズが何か思い通りにならないことがあるとすぐおっぱい、おっぱいがあれば解決!みたいな態度を取る事に違和感を感じ始めていたのです。もう2歳なんだから自分の思い通りにならないことがあっても幼いなりに考え、納得して乗り越えて欲しいという思いもあるのに、それがおっぱいを飲んだら気が済んでしまって、うやむやになってしまっているのではないだろうか…とそんな気がして。

夜はぐっすり眠るし、ご飯も人一倍食べるのだから、もう一回り成長を促してあげるためにもここで断乳するのは親子共々プラスになるのかなぁと思って、ユズが3歳になる数ヶ月前に「3歳のお誕生日が来たらおっぱいとサヨナラしようか?」と持ちかけてみたのですが、それはすごい動揺ぶり。でも、卒乳のきっかけになるかもと思っていた幼稚園は一年先になったし、このままでは後一年は飲んでいてもおかしくないのかも…、どうしたものかと思っていたとき、夫がユズに「3歳になったら、ひとつお姉ちゃんになるんやから、おっぱいか抱っこかどっちか辞めたら?」と提案したのです。初めは「どっちも辞めない!」と言っていたユズでしたが、3歳になる日が近づくに連れ、段々抱っこをせがまなくなってきたのです。彼女なりに夫との約束を果たそうという気持ちが芽生えたのか、今までほんの5分くらいのところまででも自分で歩こうとせずに抱っこ!ということが多かったユズが、3歳のお誕生日の日から急に積極的に自分で歩くようになり、今まで歩かなかったことが信じられないほど、1〜2kmの距離でも楽しそうに歩くようになったのです。「さすが、3歳のお姉ちゃんだね!」とおだてると本人も得意そう…。それで、ひとつ我慢できるようになったので(本当はこの時期に抱っこばかりしている子も珍しいとは思うのですが…)、おっぱいを止めようというのは言い出しにくくなってしまいました。

とは言え、一時期のように何でもかんでも気に入らないことがあったり、痛いことがあったりしたらすぐにおっぱい!ということはいつの間にかなくなり、今はほぼ眠くなったときだけ、1日に2,3回というところに落ち着いています。寝しなのおっぱいも今までのように眠るまでかじりつくのではなく、すこし飲んだら満足して寝ていくので随分ラクになりました。

寝るときだけのおっぱいなので、もうほとんど今までのクセのような感じで飲んでいるだけかも知れませんが、でも、心と体の栄養だったおっぱいから離れて一人でもやっていけるよ、という成長の証を親子で実感するためにもおっぱいとの別れにきちんとした「区切り」をつけるというのも必要かなぁという気はしています(ゆーても、もう3歳なんですが)。

すんなり止められる日まで今は待っていてもいいのですが、いつの間にか飲まなくなった、というのも寂しいものがあるのかな、と思ったり…。もう少し、様子見の状態が続きそうです。
posted by sayah at 17:47| Comment(18) | TrackBack(0) | +母乳育児奮闘記+ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月16日

『よあけ』ユリー・シュルヴィッツ

よあけ
ユリー・シュルヴィッツ 瀬田 貞二
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夜が明けるのがとっても待ち遠しいこの季節。素敵な夜明けを描いた絵本が今お気に入りです。濃紺の闇がゆっくり静かに明けていく湖の風景。生き物も人も少しずつ動き出します。おじいさんと孫が湖にボートを漕ぎ出したときに明ける最後の夜明けの美しさは圧巻です。絵と同じくらい言葉も美しくうっとりしてしまいます。


近頃、毎月届く絵本があまりユズのお気に召さずに本棚にしまいっぱなしになっていることも多くなり、そろそろ自分で絵本選びをしようかなぁと思っています。以前、講演に行ったときに松井るり子さんは親が気に入ったものを読むのがよいと言ってらっしゃったのですが、なかなか親子で趣味が合わなかったりして難しいです。私はジョン・バーニンガム、エルサ・ベスコフ、シャーロット・ゾロトウ、バーバラ・クーニー、日本の作家では酒井駒子さんのようなどちらかと言うと淡い色調の繊細なタッチの絵本が好きなのですが、ユズはもっと色使いもはっきりしてシンプルで分かりやすい絵のものを好みます。年齢的なこともあるのかも知れないけれど、読み聞かせる側としてはやっぱり自分が好きだなぁと思える絵本を読むほうが嬉しいので、そのうち趣味が合うようになればいいなと思います。

最近は素話にもチャレンジしてみたりもしているのですが、こういう絵本に出会うと自分で想像する世界も楽しいけれど、美しいものに触れるのも心の栄養になるのだろうなぁとつくづく思います。

この絵本は珍しくユズと好みが一致して、ユズもゆっくりと明けていく闇にじっくりと見入っています。

2006年01月15日

羊毛遊び

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今年はフェルトが流行っているようで、手芸店や雑貨店などあちらこちらで羊毛やフェルトを作るキット、フェルトのモチーフなどを見かけます。冬は特に見た目にも暖かくて優しい気持ちになれる気がしますよね。羊毛を石鹸水につけてフェルト化しながら丸めて作る羊毛ボールもクリスマスのオーナメントとして売っているのを見かけたりしたのですが、これはとっても簡単に作れて楽しいです。

原毛や染色した羊毛は10g100円前後で手に入ることが多いのですが、10gあれば手のひらにちょこんと乗るくらいの子どもが遊ぶにはぴったりの小さなボールができます。作り方は至ってシンプル。羊毛の束を毛の流れに沿って縦に何束かに裂いて端からギュッと丸めていきます。次の束は違う方向から…という具合に少しずつ向きを変えながら丸い形に整えたら、お風呂より少し熱めくらいのお湯に石鹸(アルカリ性にするため中性洗剤などではなく粉石けんや固形石鹸を溶かして使う)を溶かして手でなでたりころころ転がしたりしながら摩擦を与えると次第に固くなってフェルト化するのです。後は水洗いして乾かすだけ!結構、アバウトにやってもそれなりにできるので子どもでも幼稚園児くらいになれば作ることができると思います。自然素材を使ったシンプルな手仕事は子どもにとっても、とても気持ちの安らぐものなのではないかなと思います。

羊毛をフェルト化するには石鹸水を使う以外にも専用ニードルを使う方法もあります。ただ、シュタイナー教育では幼い子はニードルを使わないのだそうです。

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↑こんな小さなうさぎの指人形はニードルでチクチク刺していくだけですぐに出来てしまいます。


実家に帰ったときにもらってきた、羊さんの刈りたての毛がたくさん家にあったのですが、キレイに洗うのがかなり大変で、やっと重い腰を上げて少しずつ羊毛遊びを楽しんでいます。牧場などにいくと刈った毛を分けてくれるところも多いようなのですが、刈っただけの毛はゴミもたくさん付いているし、元は白い毛の羊でも茶色くなったりしています。5,6回洗って汚れと油分を落として、荒いブラシを使ってほぐして(これもかなり大変な作業…)やっと使うことができるのです。それから草木染めにもチャレンジ。

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↑ブドウの皮を使って染めました。
なかなかキレイな色に染まったのですが、ちゃんと色止めしなかったので、石鹸水につけると変色してしまいます(汗)。そのためニードルを使ってボールを作ることにしました。

まだまだたくさんある原毛を使って動物や野菜や人形など少しずつ作ってみたいなぁと思っています。
シュタイナー関連の教材などを扱うおもちゃ箱さんのHPに羊毛やマニュアル本、キットなども色々ありますよ。


フェルトで雑貨を作ったら。―simple zakka and bag of felt wool
雄鷄社
4277430724

慣れてきたら雑貨にも挑戦したいなぁ…。

posted by sayah at 00:01| Comment(9) | TrackBack(0) | +手仕事+ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月08日

大村祐子さんの講演会に行ってきました

もうかれこれ1ヶ月近く前のことになってしまうのですが、せっかく足を運んだ講演会。記録を残しておきたいと思います。

シュタイナー人智学を実践する共同体、ひびきの村の主催者である大村祐子さんにお会いするのはこの日が初めてで、とても楽しみにしていました。『競争社会におけるシュタイナー教育の可能性を考える』というタイトルの今回の大まかな講演内容は以下のようなものでした。


競争社会のひずみから起きた事件の象徴として、マンションの耐震構造偽装問題や広島の少1殺害事件がある。競争社会というのは「より良いものを より優れたものを より早く」作ろうとするためにあるものの欠点や弱点を発見して克服するという特性があり、人は人と競い合うとき、自分の正当性を認めてもらいたいがために人を貶めようとしたり陥れようとしたりする気持ちが湧いてきて、結果的に邪悪なことをしてしまったりするものだ。

競争というものは、勝つことによって人より自分は優れているのだというおごる気持ちが人をさげすむ気持ちに変わり、慢心するが結局のところ、それは孤独や不安、不信感がついて回る喜びでしかない。負けた側は自信を失い、自分への不信感、勝った人への恨み、憤り、嫉妬がうずまくことになる。戦争などに象徴されるように、この世の困難や悲しみ、苦しみはすべて人よりもよりよくなりたい、勝ちたいという思いによるものである。そんな大人たちの態度が子どもたちのあり方にそのまま影響を及ぼすものだ。人より優れていなければならないという大人からのプレシャーを感じ、人のことを考える余裕を失くしてしまう。

それを克服する力がシュタイナー教育にはある。

シュタイナー教育では子どもたちにテストをしたり競争させたりしないため、学ぶことは人と競うことではなく、感動を教師と子どもが分け合うことで子どもは世界に関心を持つことが出来るようになる。人間としてしっかりと立つ事、自分の中に調和を作ることを目指している。

例えば、算数の授業で計算は何のためにするのか。シュタイナー学校では、計算とは「等しいものを探すこと」であり、平衡感覚が育っていないと計算をきちんとすることができない。そのため計算ができない子どもは計算練習をするのではなく、まず体を使ってバランス感覚を伸ばす事をする。また、「等しい」という感覚を育てる算数の授業は、人と人が違いがあっても互いに平等であること、互いに愛し合い、支え合うことで進化しようとする道徳感を身につけることでもある。地理の授業では、気候や環境によって人が作り上げる文化や文明が違うことを学び、他者のためにお互いに足りないものを交換することによって共に生きていることを学ぶ。

大人に関することとして、シュタイナーの思想を実践するのがひびきの村のような共同体であり、人が共に暮らし存続して行くためには自分さえよければいいというエゴイズムに支えられた社会ではなく、物を存在させている精神の力を自然や宇宙の中に見出し、自分や他者の弱さや傷を受け入れ精神の進化を遂げることが必要である。例えば共同体の中では自分の成果を人と分け合うことによって成り立っている(たくさん仕事をした人、よりよい仕事をした人がたくさん報酬をもらうという仕組みを取っていない)。

私達大人がこのような意志を持つことによって、少しずつ社会を変えていくことはできないだろうか。


大村さんが最後に残された言葉…『共同体の中で人が共に働くとき、私自身の成果を主張するばかりでなく仲間に譲れば譲るほど私の願いは更に発展するであろう。』※うろ覚えです



競争するということはすべて『悪』なのだろうか?まだまだシュタイナーの思想に疎い私には正直言って、大村さんのお話を聞いても確信を持つことはできませんでした。「切磋琢磨」という言葉もあるようにある程度人と競い合って自分を高めていくことも悪いことではないような…物々交換で世の中が成り立っていた縄文時代のままならよかったとも思えないし…。でも、「売れさえすればよい」というような経済至上主義の世の中はなんとかなならないものだろうか、とは思う。競争の行き着く先は結局はよい結果をもたらさないということになるのでしょうか。

競争社会の抱える問題というのは、子どもにとっても大きい問題だと自分自身の経験を通しても感じることです。人よりよい成績を取って親の期待に応えることが自分の喜びになっていた学生時代。大きなプレッシャーのもとで人との競争に明け暮れていた時間に失ったものは、今となっては取り戻せない大切なものだったような気がしてなりません。自分の中に「芯」が出来上がっていないのはそのせいだけではないかも知れないけれど、未だに自分の考え、価値感などが周りの人と比べたり、周りの人の評価を気にしたり、すごく相対的なところから決まってしまうクセは抜けていないような気がする。競争に勝つための手段でしかなかった勉強は決して楽しいものではなかったし、今となってはそうして得た知識のほとんどがどこかへ消え去ってしまっているのも虚しいばかりです。

9年間の義務教育期間(いや、今後は10年か11年になるのかな?)、自分の子には、もっと学ぶことに喜びを感じられるような教育を与えたいと願います。学校の成績の良し悪しで人の価値が決まる訳ではないという態度をきっちり示したいと思う。そんなことにこだわらずに心と体と結びついた生きた知識を身につけて、自分の生きる道を切り開いていって欲しい…。自分自身に確信を持てる人になって欲しいと思う。そういう意味ではシュタイナー学校のカリキュラム自体はやっぱり魅力的だなぁと思うのでした。



この講演会の主催者である『ほんの木』から新刊が出ているようですよ。

2006年01月03日

幼稚園を義務教育化!?

1月1日付読売新聞のニュースの記事です。

幼稚園から義務教育、延長幅1〜2年…政府・与党方針
 
政府・与党は、小中学校の9年間と定められている義務教育に幼稚園などの幼児教育を加え、期間を10〜11年間程度に延長する方針を固めた。

 幼稚園―小学校の区分による環境の変化が学力のばらつきを招いているため、幼稚園を義務教育に含め、一貫した学習体系を構築するのが狙いだ。

 幼児教育を無償にすることで、少子化対策を強化する面もある。1月に召集される通常国会に提出する予定の教育基本法改正案で義務教育の9年間規定を削除し、2009年度以降の義務教育延長の実現を目指す。

 義務教育をめぐっては、近年、小学校低学年で、集団生活になじめない児童が騒いで授業が混乱する「小1問題」が起きている。幼稚園―小学校―中学校と進学するにつれ、指導の内容、難易度などが大きく変わり、成績格差が拡大する問題も指摘されている。

 このため、政府・与党は幼稚園などの幼児教育を含めた義務教育制度の見直し論議に入っている。

 自民党は、05年9月の衆院選の政権公約(マニフェスト)に、「幼児教育の無償化」を盛り込んだ。1月にも、政調会の下に「幼児教育小委員会」を設置し、無償化の具体策として、義務教育延長を議論する。そのうえで、延長に向けた第1段階として、教育基本法4条で定められている義務教育の9年間という期間を削除する考えだ。

 与党教育基本法検討会の議論の中で、公明党もこうした考え方を大筋で了承している。

 自民党文教制度調査会幹部は、昨今の児童・生徒の学力低下を背景に、「諸外国も義務教育期間を延ばす方向だ。日本も真剣に検討すべき時期にある」と主張している。諸外国では、例えば、英国は5歳から11年間を義務教育とし、2000年から5歳未満を対象に無償の保育学校を拡充。フランスも1989年から公立幼稚園を無償にしている。

 政府・与党は、今後、幼児教育をどういう形で義務教育に取り込むのか、調整を図ることにしている。

 中央教育審議会(文部科学相の諮問機関、鳥居泰彦会長)では、05年1月にまとめた幼児教育に関する答申で、「幼小一貫教育の検討」を掲げた。政府・与党内には、このほか、〈1〉幼稚園の1〜2年保育を義務教育とする〈2〉義務教育の枠内で、「幼小一貫校」を創設し、普通の幼稚園か一貫校かを選べるようにする――などの案が浮上している。



幼稚園まで『義務』になるだなんて…。なんだか子どもにとって息苦しい世の中になってしまうような気がする。今は習い事がある子も多いようだけど、せめて学校に上がるまでの間ぐらい、他の子どもと能力を比べたり競ったりせずに、子ども時代にしかできないことをゆっくり満喫させてあげたいなぁと思うのに。義務教育化することで既存の私立の幼稚園の教育内容もある程度国によって定められることを考えると、知的教育を一切しないシュタイナー園などはどうなってしまうのかと心配になる。たとえば少人数で家庭的な雰囲気が魅力の親達で運営しているような園は国から認可されなければ、学校と同じように公立の幼稚園に籍だけ置いて通うということになるのかなぁ。自主保育も難しくなりそう。

幼児教育を無償化することが少子化対策につながるのかどうかもいささか疑問を感じる。むしろ私の周りでは子どもを少なくして、よりよい教育環境を、と望む人も多いように思う。幼稚園に関して、学費が安いことに越したことはないけれど、それ以上に求められているのはやはり『質』なのではないでしょうか。子どもを生むことを諦めなければならない背景はいろいろあるだろうけど、そんな細部を変えたくらいで『対策』になるとはとても思えない。

『集団生活が上手くできない子』の問題は、早くから集団生活を義務化すれば本当に解決するのだろうか?もっと根は深いような気がするのだけれど…。

少し前までは「ゆとり教育」なんて言っていたのに、今度は学力低下が問題になってこんな小さな子どもたちまで管理しようとする国のいきあたりばったりな方針にとても不信感を抱いてしまいます。

2009年度以降の実現を目指す、ということはこれから生まれてくる子どもたちはみんな「幼稚園は必ず行かなければならないところ」になる訳ですよね。我が家も他人事ではありません…。
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