2005年04月03日

シュタイナー教育の中の音楽(ペンタトニック音階)

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音楽に多少馴染みのあった私もペンタトニックという音階については、シュタイナー教育に触れるようになって初めて知りました。

ペンタトニックというのはラの音を中心にして上に五度、下に五度のインターバル(ドとファをぬいてレミソラシレミと並ぶ)になっている音階です。音楽には長調と短調とがあり、うれしいとか悲しいとかいう感情と結びつきますが、9歳くらいまでの子どもはこうした感情の発達がまだ未分化(主観と客観がまだはっきりしていない)であるため、長調でも短調でもないペンタトニック音階がふさわしいのだそうです。赤ちゃんの産声はみなラの音だといいますから、これもまた神秘的です。


ペンタトニック音階を使った曲は終わりのない感じがするところが、幻想の世界で遊ぶ幼児には安心感が持てるのだそうで、実際日本に昔からある童謡・わらべ歌にもペンタトニックで構成されたものが多いです。たとえば「げんこつ山のたぬきさん」「かごめかごめ」などなどたくさんあります。


シュタイナー教育では、楽器をおもちゃとしてむやみやたらに与えるようなことはしないようです。きちんと線引きをして大人が大切に扱うところを見せるのがいいのだそうです。私も最初はおもちゃとして何か楽器を与えようと思ってこのグロッケン(鉄琴)に出合ったのですが、そのことを知り、まずは自分がこの楽器を楽しむようにしています。もちろんいつの間にかユズのおもちゃになっている時もありますけれど…。ウチのはアウリスのものですが(ココで音が聴けます♪)、ゾノアのメタルフォンも音の響き方が控えめですごくきれいでした。ゾノアのものもきちんと調律がされているし、鍵盤を入れ替えて調が変えられるので、本格的に楽器演奏をする目的で使うのなら、こちらも長く楽しめるかもしれません。


ユズが小さい頃は、思い浮かぶまま子どもの歌を口ずさんだりしていたのですが、最近はユズから歌のリクエストがあります。その中でもリクエストが多いのは手遊びつきのわらべ歌なので、やっぱり五度の音楽が子どもには気持ちがいいものなのだろうなぁって思います。子どもにとっても歌いやすいみたいです。


シュタイナー教育の音と音楽―静けさのおおいの中で
吉良 創
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子どもにふさわしい音環境、歌うこと、ペンタトニックについての解説や曲の紹介、作曲の仕方、ライアーやグロッケンなどの楽器の演奏の仕方など、シュタイナー教育における音楽についてとても分かりやすく書かれた本です。

2005年03月26日

『抱っこ、抱っこ、抱っこ〜!』

ユズは本当に人一倍抱っこが大好きな子です。

そして、私自身もそれを受け入れてあげるようにしていて、「抱っこして!」と言ってきたときに拒んだことはほとんどありません(どうしても手が離せないときに少し待ってもらうことはありますが)。

このことに関しては意見が分かれる所なのかもしれません。

私の母は、「我慢を覚えさせることも必要よ!」と言います。実際、母は2つずつ歳の離れた私たち3人姉弟を育てていますので、3人居たらすべての要求に応えるなんてとても無理ということもあったのだと思います。

昔は抱っこばかりしていると、『抱き癖』がつく、なんて赤ちゃんを抱っこすることに否定的
な向きもあったみたいですが、今は赤ちゃんとお母さんの信頼関係をしっかり築くために「泣いたらすぐ抱っこしてあげるのが基本」という意見が大勢を占めるように思います。

そんな私も、佐々木正美先生(児童精神科医:『子どもへのまなざし』著者)のおっしゃる「幼児期の人間の基礎を作る段階で子どものすべてを受け入れてあげることで、子どもは自分のことも他人のことも信じることができるようになり、その後の育児がしやすくなる。」というご意見に支えられ、ユズの欲求に応えるのが大変だと感じるときも「今頑張れば、後がラクになるはず」と思ってどうにか頑張ってきました。

でも、2歳を過ぎた今でも、家でも外でも「抱っこ、抱っこ」なので、ユズはまだ満たされていないのだろうか…と不安に思ってしまうことも多々あるのです。どれぐらい抱っこが好きなのかといえば、外ではほとんど歩かずに抱っこですし(気まぐれにたくさん歩くことはあるのですが)、家の中で私が家事をするときや何かを取りに行くとき、トイレに行くときも、場合によっては抱っこして欲しいといいます。

ベビーベッドをはじめ、ベビーカーもほとんど使わなかったし、食事するときも私の膝の上なので、赤ちゃんグッズも「買う必要なかったなぁ。」というものが大半…。


佐々木先生は「しっかり甘えた子ほど自立が早い。いつまでも抱っこしている子はいない。」とおっしゃっているのでもう少しこのまま頑張ろうかなぁと思っています。だけど、10数sもある子どもを抱っこするのって結構大変です。

ちょっと最近お疲れ気味な私でした…。

2005年03月24日

「わたし」という言葉

子どもは2歳半前後の反抗期の時期位を境に自分のことを「ぼく」「わたし」と言える様になり、それはすなわち自分意識(その子自身の行動や思い)が出てきたことを意味するのだそうです。そして、それと同時にこの時期くらいからファンタジーの力(想像力・創造力)が芽生えてくるそうです。

ユズも最近時々自分のことを「わたし」と言う様になりました。これは絵本からの影響も大きいように思うのですが、でも、確実に日々自分自身の意志というものをはっきり出すようになってきています。

子どものもつファンタジーの力…、これについてもユズの中にも芽生えてきたのかなぁと思うことがあります。

2歳を過ぎた頃から、ユズはいわゆるごっこ遊びをするようになり、最近は自分の生活の中で体験した出来事を取り入れた空想遊びをよくしています。たとえば電車に乗った日は切符を買うところから、電車に乗って目的地に着くところまでを家にあるものを切符や電車やお客さんに見立てて遊ぶのです。

それと、物を擬人化したりもするようになりました。たとえばお皿を洗っていると「お皿さんが冷たい、冷たいって言っているよ。」とか、窓辺に置いた靴を見て「靴がまぶしいって言ってるよ。」など。こういう発言を私自身はおそらくしていないと思うので、これが子どもの内側から沸き起こってくるものなのだとしたら、大切に育ててあげたい力だなぁとつくづく感じるのでした。


※参考文献『シュタイナー教育のまなざし−子どもへの接し方育て方』吉良創

2005年03月14日

赤ちゃん・子どもの生活リズム改善方法

子どもの睡眠に関して最近の夜型傾向への問題点が各所で取り上げられていますが、日本小児保健協会学校保健委員会の平成12年度の調査によると夜10時以降に就寝する子どもの割合は、既に1歳6ヵ月で55%と半数を超え、4歳、5〜6歳で約40%に上るそうです。

また、1月5日放送のNHKクローズアップ現代でも「子どもの睡眠が危ない」というタイトルで特集が組まれました。それによると、子どもの夜型化は単に寝不足を引き起こすばかりでなく、最近増えてきたとされる「きれる子ども」「不登校児」と睡眠時間の短縮、夜更かしで起きる生活サイクルの乱れが関係していることが最近の調査により明らかになってきているようです。


子どもの夜型化傾向の問題点として、前述の日本小児保健協会学校保健委員会の記事を抜粋すると

人間には概日リズムと呼ばれる規則正しい周期的リズムがあり、深部体温、メラトニン、コルチゾール、成長ホルモン等のホルモン分泌、そして睡眠覚醒 などのそれぞれに周期的リズムがあること、睡眠覚醒のリズムとその他の生体リズムに解離が生じると、昼間の眠気、夜間の不眠、抑うつ等、様々な心身の不調をきたしうることなどが判明してきた。

また、不登校の子どもの多くに睡眠覚醒リズムの障害が認められるとの報告もある。一方、睡眠は、神経機構とメラトニンなどの睡眠物質による液性機構の二系統で調節されていて、光に反応して抑制されることなども明らかになっている。したがって、規則正しい睡眠覚醒リズムを築くためには、朝起きて光を浴びることが大切であり、夜遅くまで明るい電灯の下で起きていると生理的リズムを崩すひきがねとなりうることも指摘されている。

また、睡眠は、免疫機能の活性化に関与することや成長ホルモンの分泌が入眠後に亢進することが知られている。



…とあります。なんだか難しい専門用語がいっぱいですが、要は人間が本来持っているはずの睡眠覚醒リズムが崩れてしまうと心身に不調が起こる可能性が高くなるということのようです。


子どもの夜型化に関しては、わが娘も例外ではありませんでした。
生後半年〜1歳くらいまでは就寝時間が7時半〜10時半とばらつきがあり、1歳を過ぎてから徐々に遅くなり一番遅い時で11時半ということもありました。生後、睡眠と覚醒のリズムが安定してきてからは、夜8時台に寝られるようにというのを意識していたものの、実際はなかなか上手く行きませんでした。

たとえば、
・寝る1時間前にぬるめのお風呂にゆっくり浸かる
・昼間外遊びをしっかりする
・早めに部屋を暗くする
など試行錯誤を重ねました。

でもどれもユズの場合はあまり効果を発揮できなかったのです。

昼間の外遊びは1歳代では積極的にしていたのですが、ユズは公園に行ってもあまり動き回らず、砂場やブランコに乗るのが好きだったし、外に出ても抱っこばかりで全く歩かないのであまり体力を使わないため、効果はさほど感じられませんでした。そして2歳近くなり意思表示ができるようになると外遊び自体を拒むことも多くなり(家で遊ぶのが好きな子なので)、余計この方法は使えなくなってしまいました。

早めに部屋を暗くするという方法も試しましたが、電気を消すと怒って泣き喚いたり、薄暗い中で絵本を読んだり、子守唄を歌ったりしていても2時間くらい寝付かなかったりとこれもイマイチでした。

また、早い時間に寝つきそうになっても、その時間に夫が帰ってきてしまい、玄関の鍵を回す音に反応して目を覚ましてしまったり。


そんなことを繰り返すうちに、ここ数ヶ月でやっと功を奏したと感じているのは、私自身も早寝早起きをするということです。私はどうも夜型の生活が染み付いてしまっていて、同じ睡眠時間でも夜中2時に寝て7時に起きるのは平気でも、1時に寝て6時に起きるのはツライのです。でも、私が横で寝ているときのほうがユズの眠りが深いことに気づき(母乳育児をしていると赤ちゃんとお母さんの睡眠のリズムはよく似るそうです)、まず朝は6時半に起きるようにするとユズも不思議と一緒に目を覚ますので、自然と寝る時間も早くなってきました。


こんな簡単なことに気づくのに2年もかかったなんて、お恥ずかしいばかりです…。


そうは言ってもまだユズが寝るのは九時台なので、できれば八時台に寝られるようにまだまだ改善は必要なのですが…。クローズアップ現代でも専門家の方が「子どもは遅くとも9時までには寝るように。」とおっしゃっていました。


シュタイナー教育でも一定のリズムの繰り返しが子どものよい成長の手助けになるということがよく言われています。
これは睡眠のことに限らず生活全般についてなのですが…。

シュタイナー教育のまなざし」にはこんな記述があります。

…幼児にとって生活のリズムがあって、それが繰り返されていくということは、季節のリズムが繰り返されていることが私たちに安定をもたらすのと同じように、子どもの生活を安定させ、幼児の意識を覚醒させるものではない、本来の幼児の意識での生活が健全に営まれることになります。…生活のリズムの中の繰り返しは、子どもの生きていく力を強めていきます。逆にいつも覚醒させられるようなリズムのない行き当たりばったりの生活は、子どもの生きる力を奪ってしまいます。

子どもが好奇心旺盛だからといって、次々に新しいことを与えていくと、子どもは興奮して覚醒させられ、不安定になっていくのだそうです。

睡眠のことも含め、やはり一定した生活リズムを保つことは子どもが体を作っていく上で基本中の基本なのでしょうね。

2005年03月08日

薬に頼らない勇気

ユズは今日生まれて3度目の熱を出しました。

夕方から体が熱いな〜と思っていたのですが、体温を測ると38.6度。
でも、至って普段と変わらず元気なのです。これまで2回の熱のときもそうでした。

それからいつもどおりご飯もしっかり食べて、ゆっくりしているとユズが「熱下がったよ。もうしんどくないよ。」と言うのでもう一度測ると今度は38度。イヤイヤ、まだまだ熱高いんだけど…。でも本人はなんともない様子。そしていつもの時間に寝ていきました。


今回も病院のお世話になることはないかな、という気がします。


子どもが高い熱を出すと、つい慌ててしまい、とりあえず病院へ足を運んで専門家の『大丈夫』という一言を聞いて安心したいという思いが先立ってしまいますが、子どもにとって熱が高いときに病院にかかるしんどさや新たな病気をもらってくるかもしれない可能性を考えると、やはり子どもの自然治癒力を信じて、体がゆっくり癒され回復するのを待ってあげるのがいいのではないかなと私は思っています。大人のように病気をすばやく治さなければならない事情など子どもにはないのですから。

ただ、一刻も早く病院にかからなければならない場合も当然あるでしょう。
そんな一大事とそうでない場合とある程度判断できる知識を身につけておくことも、とても大切なことだと思い、我が家では童話館ブッククラブで配本された『はじめてであう小児科の本』を愛読しています。

この本の発熱のページには、熱の高さと病気の重さは関係ないということや、生後三ヶ月以前の赤ちゃんを除いては熱以外の症状がなければ様子を見るほうがよい(大概はウィルス性の風邪などで大事には至らない)ということ、また安易に解熱剤を使うことの怖さなどについて触れられています。また、日本の予防接種に関して問題提起されている項もあり、この本に出合ったことにより、我が家では予防接種は取捨選択して受けさせるようになりました。

この本を読むと、やっぱりわが子のことなのだから、親がある程度の知識をもち、普段からよく見ていてあげることが肝心なのだなぁと再認識させられます。


親だからできる赤ちゃんからのシュタイナー教育』には次のような記述があります。「時おり子どもは、家で静かな時間を過ごし、自分を「整理」して、次の成長段階に入る、ということのために病気になることがあります。」

そう考えるとどうしてもマイナスイメージに捉えてしまいがちな『病気になる』ということに対して、「今この子は休息が必要なのだ」と思えばなんだか前向きになれます。子どもにとって休息するということに加え、きちんと病気にかかり自然な形で免疫を作ることも体にとって必要なプロセスなのではないかとも感じます。


…とはいえ、まだまだ子育て経験の浅い私、熱が下がるまでは少しドキドキなのですけど…。
これからホメオパシーについても徐々に勉強していきたいなと思っています。

2005年03月04日

セルフコントロール

夫はここ数日あることがきっかけで塞ぎこんでいます。

ユズもお父さんがいつもと違うぞ、ということを敏感に感じ取って、顔色を伺ったり、ユズなりにお父さんを元気づけようと気遣ったりしているのです。いつもは自分のお皿に乗ったおやつを分けてあげるのは、ぬいぐるみさんたちだけなのに、今日はお父さんにも「どうぞ!」って差し出したり…。

ユズと一緒に自転車に乗っていても、ふと私が考え事をしていたりすると、ユズはその気配をすぐに感じ取り、いつもはそんなことしないのに私の方を何度も振り返ったりするのです。

子どもは大人の感情をストレートに体感しているのだなぁということを実感してしまいます。何せ、胎児の頃から母親の感情の移り変わりをすべて感じ取り(酸素供給や血流からそれを感じていくのだそうですね)、それを自分の中へと取り込んでいくわけですものね。そして、絶え間ない感覚刺激を遮断し、消化するために赤ちゃんは長い睡眠を必要とするのだそうです。

赤ちゃんからのシュタイナー教育』にはこんな記述があります。
「子どもは、いわば、全身が感覚器官なのです。…子どもの近くで何かがおこると、たとえば誰かの怒りが爆発したりすると、それに対する反応は子どもの全身にいきわたります。子どもの血液の流れや消化システムさえもが影響を受けるのです。」

それを思うと、日々子どもと接する中で自分の感情を穏やかに保つようコントロールしていくことは本当に大切だなぁと感じます。自分自身のことなのに、コントロールするというのは結構難しいことですけどね…。そもそもコントロールしなければいけないようでは、きっとダメなのでしょう。いつも自然に穏やかに居る、それが私の目標です。

2005年03月02日

乳幼児、子どものテレビ視聴に関して思うこと

 2歳以下の子どもに対するテレビ・ビデオの視聴に関して小児科学会などから、長時間の視聴が言語の発達に支障をきたすなどの警告が出されるようになり、ここ数年で乳幼児の視聴を控える傾向が出てきたようですね。最近、急激に増えている子どもの学習障害に関しても、テレビ視聴の長さと無関係ではないようです。


 近頃ままごと遊びができない子どもが珍しくないという話も聞いたことがあります。このことはお母さんがお料理をしている間、子どもはテレビやビデオを見ていて実際にどうやって料理ができあがるのかということを知らないからというのも一因なのかも知れません。母の立場から言えば、ちょっとの間テレビでも見ていてくれれば家事がはかどって助かるという気持ちもよくわかるのですが、テレビが子どもに与える影響はすごく気がかりです。


 テレビの視聴に関してこんな統計も出ています。
4時間以上もテレビを見ている子どもがその間じーっと画面を見つめているのか、見ていようが見ていまいが、1日のうちでテレビがついている時間なのかはこの記事からは分かりませんが、少し気になる統計結果ではあります。


 シュタイナー教育においても、テレビの映像から溢れ出してくる色と光の洪水は幼い子どもにとっては刺激が強すぎ、子どもの本来あるべき姿(想像したり、能動的に体験したりすることによって自分自身を作っていく)を奪ってしまうなどの理由からテレビ視聴は可能な限り避けるように言われます。

 テレビを見ている時の子どもの、身動きひとつせず、まばたきするのも忘れているような生気を失った表情がとても不自然なものに感じて、ユズが生まれてからテレビはなるべくつけないようにしてきました。子ども番組を一緒に見て、楽しむというコミュニケーションの方法もあるだろうけど、同じような遊びはテレビがなくても意外とできたりするものです。

そうやって意識してテレビを消して見ると、窓の外から雨の音、風の音、子どもたちの声、動物の鳴き声…様々な音が聞こえてきたりして、それを子どもと一緒に楽しめることに気づきます。子どもは普段大人が聞き流してしまっているような小さな音にも敏感なんですよね。子どもが生まれる前は、一日中CDを流していた私もそんな静かな音環境に慣れてしまうと、それまでなんとも思わなかった、スーパーなどで四六時中大きな音でかかっている音楽などがすごく耳障りに感じるようになってきて、子どもにとってはひたすら垂れ流される機械音というのはこんな風に決して心地のよいものではないのかもしれないと思うようになりました。

 

 数ヶ月前にNHKで「赤ちゃんとテレビ」「子どもとテレビ」という2部構成の特集があったのですが、各国のテレビ製作者の方々のパネルディスカッションがあり、その中で「忙しい親の代わりに、子どもに安心感・愛情を与える番組作りをしている。」とか「子育ての仕方を伝えたり、家事をする間の子守役としての番組作りを考えている。」というような内容のコメントがあり時代性を感じるとともになんだかすごく寂しい気持ちになってしまいました。テレビ視聴を控える動きに関しても「言葉の発達が遅れる」から。人より遅れを取りたくない…視点はそこなのかぁ…って思ってしまいます(もちろんそれだけではないでしょうけど)。

 確かに今は核家族化して、子育てはお母さん一人が請け負っている場合が多いので(我が家もそうです)そういったニーズが出てくるのも分かるのですが、子育てに追われて家事が出来ないという状況は長くてもせいぜい2〜3年だと思うし、それが過ぎればこちらが構いたくても構わせてもらえなくなるようになっていくことを思うと乳幼児期は出来る限り蜜月時代を楽しむようにしたいな〜と思ったりします(理想どおりいかないことも多々ありますけど)。

 ユズは人一倍甘えん坊で、2歳になる前までは家の中でも半径1メートル以上離れることを許されず、家事をするにもトイレにいくにも常に抱っこして一緒に行動していました。当然家事はおろそかになり、食事は品数が減り、掃除・洗濯も夫の休みにまとめて…という状態だったのですが、夫もよく理解してくれたなぁと感謝しています。

 でも、子どもにそうやって生活のすべてを見せることによって、自分でもそれをやってみようという気持ちも芽生え、最初は遠回りに思えるけれど、意外と後でラクになるのではないかしら、と期待しています。はじめはちょっと大変かもしれないけれど、少しテレビをつける時間を減らすことでまた違った空気が生まれる発見も面白いものですよ。



テレビを消してみませんか?―シュタイナー幼児教育の遊ばせ方
カーリン ノイシュツ 寺田 隆生



テレビが子どもに与える影響についてシュタイナー的観点から詳しく書かれている本です。

2005年02月23日

『魔の2歳児』対処法…我が家の場合

ユズも例に漏れず、2歳前後から急に「イヤ!」と言うようになりました。お風呂に入るのイヤ!着替えるのイヤ!外へ行くのもイヤ!…今まで私の都合で動くことが出来たのに、全くそうは行かなくなりました。あまりの豹変ぶりに面食らったことは確かです。イライラしてしまうことももちろんありました。

でも『親の都合に子どもを合わせるのではなく、できる限り子どもの気持ちに寄り添ってあげたい』というのが私の理想なので、「イヤ!」と言われたら、その場は真っ向から勝負せず、放っておいて様子を見ることにしたのです。たとえばどうしても決まった時間に外出しなければならないときは、朝から出かけなければならないことを言っておいて、時間より少し早めに「行こうか?」と誘うのです。で、「イヤ!」と言われても「言っておいたでしょ!」と言いたくなる気持ちを抑えて「そう、じゃあもう少ししたら行こうか?」と言うのです。そうすると、ユズは9割くらいの確立で10分ほど経った頃「お外に行こうか?」と自分から言ってくるようになりました。『押してだめなら引いてみな』というやつですね〜。

反抗期に入る時期は、裏を返せば自我が芽生えてきて自分という存在を認めて欲しいことの表れなのではないかと感じます。だから、自分の意思を肯定して欲しいということを態度で表すようになってくるのではないでしょうか?そんな子どもの意思をできる限り大切にしてあげたいと感じます。

そして、この時期大変なことばかりではく、急にひとり遊びができるようになってきて大いに助かるようになりました。

今までは家の中でも本当に私にベッタリで、常にそばで一緒に遊んであげないとダメな子で、家事などほとんどできない状態だったのに、2歳過ぎてから家事を始めると一緒に手伝うか、自分もそれを遊びに取り入れて一人で遊ぶかするようになったのです。

これも母親と一体だった自分がそこから切り離されて1個の存在として少しずつ確立していく過程の表れなのでしょうね。

まだ、もう少しイヤイヤは続くのでしょうが、できる限り気長に付き合ってあげたいな、と思っています。

探究心を尊重してあげたい…

赤ちゃん、子どもの飽くなき探究心には本当に驚かされます。

親から見れば、全くのいたずらに見えたり、ハラハラしてしまうことも多いのですが、できる限りその探究心を満たしてあげたいと感じます。そうやって、何でも試してみることでこの新しい世界を、自分自身を一生懸命理解しようとしているかのように思えるから。

そんな訳で、ユズがどんどん動くようになってきてからというもの、できるだけ『ダメ!』と言わなくて済むように、触られては困るものは見えないところに隠しておくなど、あらかじめ環境づくりをするようにしていました。

高いところに登ろうとするなど、危ないのですぐに止めてしまいたくなるような場合でも、すぐに助けられるように配慮しつつ、見守るようにしていたのですが、そうやってよく赤ちゃんを観察すると結構赤ちゃんなりに考えながら慎重に行動しているものだな、ということが分かります。(子どもの性格もあるでしょうが…)危険なもの、行為など本能的に分かっている部分もあるように思います。実際1歳くらいになると、高いところは危ないと分かっていることが行動に現れるそうです。

1歳を過ぎてから、おままごとに興味を持つようになり、食器棚から陶器のお皿を持ち出してきて遊んだりしていましたが、それも我が家では止めませんでした(こういうことは、どこで線引きをするか、というのは各ご家庭により考え方が分かれるでしょうけど…我が家でも割られたら困るようなお皿は手の届かないところへ!)。それで、何枚か割ってしまったこともありましたが、叱ったりしたわけでもないのに、ユズは申し訳なさそうな顔をして何が起こったのかきちんと理解しているように見えました。そして、陶器は壊れるものなのだ、ということを学んだユズは少しずつ大切に扱うようになっていったように思います。

シュタイナー教育の7歳までの子どもの見方として、幼い子どもはすべて親や周囲の者を模倣することによって、この世界を体得していくのだというものがあります。幼い子どもはフィルターを持っていないので、周りの人がすることをすべて正しいと信じて自分の中に取り入れていくのだそうです。

この考えを利用して、子どもにして欲しいと思うことは自分が率先してやってみたり、して欲しくないことは、自分もしないように(無意識にしている場合もありますので)気をつけるということで、お互いにストレスを感じずに良い関係が築いていけたら理想的ですよね!

2005年02月17日

シュトックマー社の蜜ろう粘土

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蜜蝋というのはミツバチの巣から不純物を除去して作る天然のもので、口に入れても害がないため粘土の他、クレヨン、ローソク、ワックス等の材料としても使われています。私は肌が弱いのでコスメを手作りしているのですが、ハンドクリームやリップクリームの材料なんかでも登場します♪

蜜ろう粘土6色6枚125gセット

我が家で愛用中なのはこちらで、シュタイナー教材で有名なシュトックマー社の製品です。

蜜蝋粘土は常温だと固くなっているので、手の中でゆっくりゆっくり暖めてやわらかくしてから使います。今の時期はストーブの前にでも行かないとなかなかやわらかくならないのですが、少しずつやわらかくなっていくのと同時にほのかに漂ってくる香りを楽しめるのもこの粘土の醍醐味です。色も混ぜ合わせて他の色を作ることができるのです。

今までは主にユズのリクエストに私が答えるという形で、いろいろ作ったりしていたのですが、現在はユズも小さくした粘土を暖めたり、感触を楽しんだり、粘土のかけらでおままごとをしたりして遊んでいます。

完全にやわらかくなると、うす〜く伸びるのでステンドグラスのような作品も作れます。おもちゃ屋さんにこれが飾ってあってとても美しかったので、家でも真似してみよう!と思い、ユズと二人で窓にペタペタ貼っていたら、剥がれなくなりかなり焦りましたが…(苦笑)。

シュタイナー学校では、蜜ろう粘土を手の中に握り締めて先生のお話を聞いたりするそうですよ。幼稚園、学校で作品制作にも使われたりしています。子どもたちが戸外で活発に遊んだ後など、ゆっくりゆっくり粘土と親しむことで心を静めていくのでしょうね。


お口に入れても安全な自然素材。みつろう粘土木箱入り

みつろう粘土にはこちらのタイプもあるのですが、シュトックマーのものと比べると純度が低いようです。その分やわらかくなり易く、型抜き遊びなども楽しめるのでしょう。我が家では型抜き遊びは小麦粉粘土をその都度手作りしています。

ウォルドルフ人形

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ユズが1歳を過ぎた頃、ぬいぐるみを抱っこし始めたので、『これはお人形を与えてあげる時期なのかな?』と思い、講習会に参加して「ぽあぽあまりあちゃん」を作成しました。ウォルドルフ人形というのは、綿ジャージの中に羊毛をきっちり巻いて詰めたお人形で、抱っこしたときに人間の子どもに近い感触だせるのだそうです。お顔はあまり感情を出さない表情になっていて、子ども自身がその時々の心を投影できるようになっています。世間一般にはお人形遊びは女の子のもの、というイメージが強いですが、自己の投影をする対象であるお人形の存在に関して、男女の区別をするべきではないのでしょう。(でも、ルドルフ・シュタイナー自身はこのような人形を作りなさいとはどうも言っていないようなのですが…)シュタイナー系の幼稚園には必ずといっていいほど、このお人形と着替えのお洋服、ベッドなどが置いてあります。

で、「ぽあぽあまりあちゃん」は本格的なウォルドルフ人形に比べると、かなり小さめで胴体部分はきっちり羊毛を巻くのではなくふわふわした感じに詰めてあり重量も軽くなっていてで、小さい子向けということだったので、ユズのために製作してみることにしたのですが、これが大はずれ!

ユズはぜんぜん抱っこしようとしないのです、未だに!よくよく調べてみるとシュタイナー教育の本には確かに最初は結び人形といって、布の端を結んで頭や手を作ったようなもっと単純なお人形を与えるように書かれているので、髪の毛が生えていたり、お顔がきちんと作られてある人形はユズにはリアルすぎて、まだ刺激が強かったのかもしれません。『おもちゃが育てる空想の翼』という本にもこんな記述があります。
感覚の発達には時間が必要です。単純でほのかな経験から始めていきましょう。」あぁ、なんだか身につまされます…。

ぬいぐるみを抱っこするということと、人形を抱っこするということは子どもにとって別の意味を持つのだということに気づかされた一件でした。幼稚園ぐらいの年頃でも人形を抱っこしない子もいますし、その子の趣向みたいなものもあるのでしょう。現にこの講習会の先生の娘さんも家にたくさんのウォルドルフ人形があるにもかかわらず、あまり好んで抱っこするようなことはなかったとおっしゃっていました。

まぁ、私自身はお人形製作が楽しかったですし、お友達もできたのでよしとしましょう!
ちなみに夫はまりあちゃんを鹿の匂いがすると、奈良人まるだしの発言をします。鹿じゃなくて羊なんだってば!!

2005年02月15日

東京シュタイナーシューレ、シュタイナー教育初の学校法人に!

毎日新聞の記事より

ついにシュタイナー学校も学校法人として認められたんですね。
それだけ、シュタイナー教育が世間に認知されてきたということでしょうか。
認可を受けるためにカリキュラムの改変を余儀なくされるというようなことがないのか、気になるところです。

私の実家のある千葉県にも子安美智子さんが学校法人のシュタイナー学校(2007年春開校予定)をはじめとした、シュタイナーの理念に基づく街づくりをされるようです。

子安美智子さんといえば、日本にシュタイナー教育を紹介した草分け的存在の方でミュンヘンの小学生―娘が学んだシュタイナー学校をはじめベストセラーをたくさんお書きになっています。

今の自宅から最寄のシュタイナー学校は京田辺シュタイナー学校なのですが、ここはNPO法人です。公立の学校の場合、国から子ども一人あたり10万円程度/月(だったと思う)の補助金が出るらしく、それが出ないNPOの学校がどれだけ資金繰りに苦難されているか想像に難くないです。京田辺シュタイナー学校の場合は今のところ、自分の家庭で出せる額を自己申告して学費を納める形をとっているようなので、余計だと思います。

北海道伊達市にも大村祐子さん(この方も家庭でできるシュタイナー教育など著作多数)がシュタイナーの思想を実践する共同体「ひびきの村」から生まれた「いずみの学校」があります。こちらももともとは学費は自己申告制だったようなのですが、一律の金額(問い合わせしたのですが、それ相当の額でした。)に変わりました。これも資金繰りのことが影響しているのではないかと思います。

ユズもできたらシュタイナー学校に入れたいなぁと思うし、ユズに合っているのでは?と思うのですが、NPOの学校に入れるとなると、公立の学校に籍だけ置いて、不登校という形をとらなくてはならないし(学校によってこの方法がすんなり行く場合と行かない場合があるようです。)、今の自宅から通うのは結構大変だし、学費のこともあるし…とこれからいろいろと検討を重ねなくてはなりません。京田辺シュタイナー学校の他に、大自然に囲まれた「あしたの国」「ひびきの村(いずみの学校)」はぜひ一度訪れてみたいです。

2005年02月13日

育児書のこと

初めて子育てをすることになったとき、たいていの方は育児書というものを手にされると思うのですが、本によっては『発達の目安』みたいなものが書かれていたりします。
母子手帳にも載っていますよね。『○○ができるようになる時期の平均値』みたいな感じで。

でも私自身は、段々とあの類のものから目を背けるようになっていきました。初めての子育て、最初はそういう指標みたいなものがないと不安でなんだか気になっていたのです。でも、平均というのはつまり、極端な話、2人に1人がその指標より発達が遅れている、と感じることになってしまうのですよね。でも、思ったのです。平均って何だろう?子育てにおいて平均を出すことって本当に意味のあることなのだろうか?

その子はその子でしかない、って思うのです。平均などを出すことによって、その子のありのままの個性を見失ってしまうことになったら残念なことだなぁと感じます。事実私も母子手帳なんかを見ては、ユズはまだこれができないけど大丈夫なのかな?っていちいち心配してた時期もありました。

ですが、シュタイナー関連の本を読んだりしているうちにやっとユズのありのままを受け入れられるようになり、平均値や他人と比較するのは全く無意味なことだと感じられるようになってきた気がします。今までずっと周りと比較しての自分の位置づけというようなものが、学校教育を通して染み付いてしまっていたのかなぁなんて思ったり…。


そんなことに気づくきっかけを与えてくれた本、育児をする上での考え方や実用書として、私がとても参考になったと思っている本です。

子どもへのまなざし
佐々木 正美


この本はシュタイナーとの関連はありませんが、ユズのすべてを受け入れてあげたい、ユズが今育てている意思を大切にしたいと考えていたときに自分の迷いを払拭させてくれたものです。30年以上も子どもの臨床に携わっている著者が「子どものすべてをありのままに受け入れよう」「過保護(という言葉はありえないと感じるが)は大いに結構、ダメなのは過干渉」という主旨の内容が、ユズの意思を尊重することで甘やかしていることにはならないか、わがままな子にならないかという私の抱えていた不安を見事に打ち消してくれました。この世に生を受けたすべての子どもがこんな暖かいまなざしで大人に見守られていたら、犯罪などきっとなくなるのではないかと感じます。この本には続編があり、読者から寄せられた具体的な子育てに関する悩みをQ&A形式で解説されています。

佐々木先生の講演会でのお話などがこちらからご覧になれます。


シュタイナー教育のまなざし―子どもへの接し方 育て方
吉良 創
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南沢シュタイナー子ども園の教師である吉良先生の著書。シュタイナー教育に関心のある人にもない人にも、子どもはどういう存在なのか、親は親としてどうあるべきなのか、きょうだいとの関係や言葉のかけ方、子どもの嘘、死や戦争をどう伝えていくか…などなど子育てにおいて湧き上がる疑問や迷いについて分かりやすく書かれています。現代の環境において「よい子ども時代」を過ごさせてあげるためには、それなりに大人の工夫が必要であると実感させられます。


試して選んだ自然流子育てガイド
はせくら みゆき


こちらは子どもが身も心も健康でいられるための自然育児のヒントが詰まった良書です。筆者の子育て経験をもとに分かりやすく衣食住にわたって書かれており、シュタイナー教育にも触れられています。



2005年02月10日

シュタイナー教育って!?

シュタイナー教育とは、オーストリア生まれの哲学者ルドルフ・シュタイナー(1861〜1925)が創立したもので、その思想・実践は教育のみならず芸術、農業、医療等多岐にわたります。

シュタイナー教育の考え方は子どもの成長段階に応じて、その時に発達するもの、育つものをうまく引き出せるようにサポートする、そしてその結果子どもたち一人ひとりが自分で考え、自分で行動できる「自由な存在」になることを目指すというものです。

シュタイナー教育においては子どもの発達(0歳〜21歳)を7年ごとに区切り、それぞれの時期に育っていくものを尊重し、サポートするのですが、その中でも最初の七年間、つまり0歳〜7歳は人生の中でももっとも重要な時期と考えられています。

この幼児期の特徴として、周囲のすべてを模倣することにより学ぶというものがあり、模倣される側の大人はそれに値する存在でなくてはならないということがあります。幼児は目に見えないもの(例えば大人の心の中)までも感じて模倣していくので、周りにいる大人は常に聖人君子のような清い心を持って接するよう心がけねばならないのです(少々耳がイタイですが)。また「行為すること」によって育つ「意志」の力を充分引き出してあげるような接し方が求められる時期でもあります。(この時期は何かと「ダメ!」といってしまいがちですが、そうならないように大人の側で工夫をしなければならないということなのかもしれません。)

シュタイナー関連の書籍はシュタイナー本人が書いたものをはじめ、シュタイナー教育を専門に勉強された方が書かれたものもたくさん出ているのですが、私は後者の方から読み始めました。その中でも読みやすかったものを少し紹介してみようと思います。

七歳までは夢の中―親だからできる幼児期のシュタイナー教育
松井 るり子


おそらくこの本はシュタイナー関連の書籍の中でももっとも読まれているもののひとつだと思います。著者のお子さんをアメリカのシュタイナー幼稚園に通わせたときの体験が綴られたもので、シュタイナー幼稚園の一例として雰囲気をつかむのには分かりやすく書かれた本だと思います。次の七年間のことが書かれた続編『私のまわりは美しい』もあります。ただ、個人的には著者の主観が強く感じられる部分もあり、エッセーとして読むものなのかな?という感じもしますが、でも、松井さんの文章は読みやすく、シュタイナー教育のふんわり包み込むような暖かさというものがよく伝わってくるような気がします。

親だからできる赤ちゃんからのシュタイナー教育―子どもの魂の、夢見るような深みから
ラヒマ ボールドウィン Rahima Baldwin 合原 弘子


こちらは赤ちゃんから幼稚園くらいまでの時期の実践的な内容になっていて、この時期にぶつかる育児の悩み(だだこねにどう対応するか?など)に対してもシュタイナー的観点から解決方法が語られている項目もあり参考になります。おもちゃの作り方やにじみ絵の楽しみ方、シュタイナー幼稚園のプログラム、シュタイナー教育をやってみようと思う親のためのQ&Aなど盛りだくさんで入門書に最適な1冊だと思います。特に赤ちゃん時代のことに関して詳しく書かれている点が特徴的です。

シュタイナー教育 おもちゃと遊び
吉良 創


シュタイナー教育ではおもちゃや遊び手仕事など、独特のものがあり、シュタイナー教育を知って初めて触れるようなアイテム(という表現の仕方は適切でないかもしれませんが)も結構あります。それらをひとつずつ取り上げて分かりやすく書かれた本です。シュタイナー教育を象徴するものたちを知ることによりより、シュタイナー教育の中に流れる空気感のようなものが伝わるのではないかと思います。この本はシュタイナー幼稚園の先生の著書で、対象は幼稚園くらいの時期になります。


本当はシュタイナーの書かれたものを直接読むのが一番いいと思うのですが、シュタイナー人智学は私にはとても難解で、とっつきにくいので、まずはこうした実践者の方々の書かれたものから入り、少しずつ本質に近づいていきたいなぁと思っています。


こちらのリンク集も参考までにどうぞ。お近くで活動されている団体があるかもしれません♪

2005年02月02日

シュタイナー教育との出会い

私の両親は学ぶことが好きで大学に行きたかったようなのですが、経済的な理由でそれを諦め、社会にでてから学歴偏重主義の世の中に愕然として悔しい思いをしたたためか、わが子を幸せにするためには、まずはいい学校に入れること、そうすれば大企業に入って、出世して、いい人生を送ることができる…そんな思いが人一倍強かったように思います。子どもは親の期待を無意識のうちに背負ってしまうということもあるのか、それはそれはまじめに勉強しました。でも、ウチの場合、大学にいってナンボ。それ以外の選択肢などないというのがなんだか暗黙の了解のような雰囲気が漂っていました。私自身も、一所懸命勉強して、それなりに成果が出ることに喜びを感じていた時期もありました。でも、親が丁寧にレールを敷いてくれたことで、逆にいつの間にか自分で考えて道を選択していくということをしなくなってしまっていたのかなぁと思います。思春期に人付き合いや様々な経験をたくさんして、自分自身を成長させるような機会も随分犠牲にしたような気がします。

その結果なのかどうかは分かりませんが、結局のところ、親の期待するようなよい学校に入るという目的を達成したとたんに、目標を失い気が抜けたようになってしまった自分がいました。まさにこれが『燃え尽き症候群』というものなのでしょうか...。結局自分が社会に出て何をしたらいいのか、何をしたいのか見いだせず、かといって学問に打ち込むわけでもない宙ぶらりんのまま、貴重な4年間を過ごしてしまいました。


その後、社会の一員として自分がするべきこともしたいこともはっきり見つからずにアルバイトや契約社員などを経て結婚し、ユズが生まれて、親として何をしてあげたらいいんだろうとふと考えたとき、私の頭に浮かんだのは『あえて何も望まない』ということでした。子どもに対して『ああなって欲しい、こうなって欲しい』といろいろを思いをめぐらせてしまうのが親心だと思うのですが、それが子どもにとってプレッシャーになったりすることだけは避けたかった...。まずは、その子が持って生まれてきたものをありのままに受け止めてあげたらいいんじゃないだろうか、その子の魅力や可能性をうまく引き出せるように親はそっとサポートしてあげたらそれで充分なんじゃないだろうか、そう思ったのです。

そんなに裕福な家庭でもないのに、一生懸命働いて子ども3人を大学に行かせてくれた両親にはもちろんとても感謝しています。でも、両親からのプレッシャーが一番少なかった末の弟が一番大学での勉強にも打ち込んだり、社会に出てからも自分のしたいことを見つけ、自分と言うものをしっかり持って歩んでいるような気がします。そんな弟を見ていると、やっぱり『親の導き』というものにもある種のさじ加減のようなものが大事なんじゃないかと思ったりもしています。


だから、私はユズの子育てにおいて、例えるなら植物を育てるときのように、光と水と栄養を充分に与えたら、後はどんな花が咲くのか静かに心待ちにしていよう、そんな気持ちでありたい…。

そう考えていたとき、ふと思い出したのが大学の教員養成課程の授業の中で出てきたドイツのシュタイナー学校のことでした。こんな学校なら子どもはのびのびと自分の個性を伸ばしていけるのではないか、日本の学校もこんな風になったらいいのに、と感銘を受けたのでした。

それから、シュタイナー教育を実践している方々の書物を読んだり、インターネットで情報収集したりして、まだまだ表面的にしかできていない部分も多いかも知れませんが、私なりに家庭で実践できることを取り入れたりしながら、子育てにおけるヒントを頂いています。


そんな子育ての日常でふと感じたことや疑問に思うこと、シュタイナー教育に関するメモ書きのようなことをここで綴っていこうと思っています。シュタイナー教育に関心がある方から色々なご意見やアドバイスなども頂ければ嬉しいなと思います♪
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